シンママはじめました。~シンママブログ~

2019年1月、離婚決定。2019年3月、離婚。娘2人と新米シンママのブログです。

私が産まれたとき

母が私を妊娠中、予定日過ぎてからの検診で私の心音が聴こえなくなっていたため、緊急帝王切開で私は産まれました。
仮死出産でした。
産声もあげず、呼吸もしておらず、酸素の濃い保育器に入れられました。
大学病院だったことも幸いして、手を尽くして頂きました。
命はとりとめたものの、父が先生から呼ばれました。
「仮死状態で産まれてきているので、脳に障害が残るかもしれません」と言われたそうです。

私は2ヶ月ほど入院してました。
時は経ち、私はすくすくと成長して3歳になりました。
近所には同年代の子がたくさんいて、よく遊んでいたそうです。
話す言葉や周りの子と遊んでいる姿を見て、同じ年齢の子と何も変わらないと思った父が、先生から言われたことをようやく母に話しました。
母はとにかく驚いたそうです。
母に話すとショックを受けるだろうからと、子供の脳に障害が残るかもしれないという重たい話を、父は3年間も自分の胸に納めていました。
成長を見ていく中で何か引っかかることがあればそのとき話せば良いし、障害が残るか分からないうちに伝えて不要な心配をさせたくない、と。

母は、知っていたら神経質になっていただろうし、何てことないことでも「もしかしたら障害がでてきたのかも」と悪いほう悪いほうに考えていたと思う、と言ってました。
3年間も黙っていた父にすごく感謝していました。
自分だったら黙ってることなんてできない、と。
私だって、黙ってることなんてできないと思います。
「どうしよう」「大丈夫かな」と不安でたまらないと思います。
子供の成長・・・特に赤ちゃんの成長には個人差があるものの、少しでも遅かったりできなかったりすると、「障害がでてきたのかも」となってしまうと思います。

私は小さい時から視力が悪いです。
小さい時から視力が悪いことは珍しくないですが、多分飛び抜けて悪かったです。
就学前検診で引っかかったのですが、あまりの悪さに両親は驚いたそうです。
と同時に「こんなに見えてなかったのか」と、視力が悪いこととそれに気づかなかったことに申し訳なく思ったそうです。
覚えてないですが、私的にはぼやけて見えづらいのが当たり前だったんだと思います。
視力回復の類いのものを何もやってないので今でも悪いんですが、裸眼で視界がハッキリ見えるのはどんな感じなんだろうな~と思います。
最後に視力検査したのはいつだったか思い出せない位昔ですが、そのときの視力は0.03でした。
視力検査のためのcとか書かれてる機械の1番上の大きいのすら見えないので、検査してくれる方がcと書かれた紙を持って1歩ずつ「見えますか?」と近づいてくるんですが、「見えないです」、また1歩近づき「まだ見えないです」、かなり近くに来るまで「まだ見えないです」の繰り返しでした。

私の視力がここまで悪いのは酸素の濃い保育器に入ってた影響だと思ってる母。
私の視力の話題になるといつも「ごめんね」と言われました。
そのたび何だか胸がチクリとしました。
母が悪いわけじゃないのに、って。
でも今自分が母親になってみると、同じ状況なら私もきっと「ごめんね」って言うと思います。
自分の出生のことを考えると、五体満足で元気に産まれて育っていくのは当たり前なんかじゃないんだと気づかされます。
母の出産は、学会で発表しても良いか先生から尋ねられるほどのものだったらしいです。(実際に発表されたかは知らない)
ゆったんもりったんも五体満足で元気いっぱいです。
ですが、すでにゆったんには近視気味になってきています。
元旦那も視力が悪かったし、近視は覚悟してましたが、それでもやっぱり「ごめんね」と思ってしまいます。
せめて視力の現状維持をしていけるような環境にしてあげたいけど、テレビを近くで見ないとか、ゆったんも自分で気をつけてくれないと難しいだろうなぁ。